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南部盛岡は、日本一美しい国でござんす。西におやま(岩手山)がそびえ、南には早池峰、北には姫神山。城下を流れる中津川は北上川に合わさって豊かな流れになり申す。春には花が咲き乱れ、夏には緑、秋には紅葉。冬ともなりゃあ真綿のごとき雪こに、すっぽりくるまれるのでござんす。(浅田次郎著「壬生義士伝」より引用)
なぜ、花輪線に? それは、故郷南部の情景と家族に思いを馳せながら朴訥と語る吉村貫一郎のこの一節が心に残っていたからか、それとも先に通い始めた同好の知人に刺激されたのか、今となっては定かではないけれど、4年ほど前から盛岡通いが始まった。
職場で自身の趣味について語ることは稀だが、花輪線訪問に際し、一人いる盛岡出身の若い女子社員にだけは、「今度行くよ。」とか「また行ってきたよ。」と打ち明けたりしている。自分の故郷を褒めてもらえば悪い気はしないだろうし、
おそらくは盆暮れの年2回の帰省ゆえ、リアルタイムな故郷の話は懐かしいだろうと思って。しかし、盛岡には何十回も足を運んでいるのに、小岩井農場はおろか、駅から至近の雪割桜も岩手公園も行ったことがない。だから「何処へ行ってきたのですか?」と尋ねられると正直困る。まさか「北森ファミマ前は大勢いた。」とか「小屋の畑S字の蕎麦の花が綺麗だった。」などと言ったところで話は通じないだろうから、せいぜい「夕顔瀬橋からの岩手山」あたりでお茶を濁す
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「鉄路」ありきの鉄道写真だが、そこには必ず駅があって町があって農地があって生活がある。だから、絵葉書のような名所旧跡とは違う、それぞれの土地の普段着の表情を捉えることができる。この1年、花輪線にはマジメに通った。ちゃんとカメラ2台持って、撮るときは三脚立てて、通常の倍の時間をかけて丁寧にお化粧(SILKYPIX、CS2)もした。最後は「写真はセンス」だから限界はあるけれど、写真歴5年、機材を一通り揃え、撮りたいものがある程度できてきた自身にとって、今回取りまとめた作品群は、自分なりのテーストをそこそこ発揮できた。
好みの被写体の有無は、撮影地を訪ねる決定的ではないにしろ重要な要素だから、キハ52&58無き花輪線とは暫しご無沙汰となるかも知れない。日本には自分の知らない美しい場所が多分沢山あるに違いないので、新しいお気に入りの場所探しをしようと思う。そういったオアシスを幾つか持って、気分に応じて順繰りに訪ねることが、法律的にも道義的にも問題なく許されるのが写真の愉しいところだ。そうして、110系に馴染んだ頃に、また花輪線に戻ってきたいと思う。
最後までご高覧くださり、ありがとうございました。「龍ヶ森伝説」花輪線キハ52&58ラストシーズン Fin.
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